ダンフォースは怪奇小説の熱心な愛読者で、ポオのことをよく口にした。わたしがこのことに興味をもったのは、ポオ唯一の長編小説――あの心騒がされる謎めいた『アーサー・ゴードン・ピム』――に南極の情景が描かれているからだ。不毛の海岸
almo nature 狗糧、そしてその背景の高い氷壁の上では、グロテスクなペンギンたちがおびただしく啼《な》いたり鰭状《ひれじょう》の前肢をはためかしている一方、波間にはたくさんの肥満した海豹《あざらし》が、ゆっくりと漂う氷の上を這いまわったり、泳いだりしている姿が見えた。
わたしたちは小さなボートをつかい、九日の午前零時をすぎた直後に、二隻の船から太い綱をひき、空中輸送の要領で物資を運ぶ準備をしながら、ロス島へ困難な上陸をした。まさにこの地点にスコットとシャクルトンの探検隊が先に来ていたとはいえ、南極の土にはじめて足をおろしたときの感じは、身につまされる複雑なものだった。火山の斜面の下、凍りついた岸に設けたキャンプは、暫定的なものにしかすぎず、探検本部はアーカム号に設置したままにした。ボーリング機器、犬、橇、テント、食糧、ガソリン・タンク、解氷実験装置、通常のものと空中撮影用のカメラ、飛行機の部品、そしてわたしたちが南極大陸のどこに行こうとアーカム号の大型装置と交信のできる、三台の携帯無線器――飛行機のものとは別――をはじめ、そのほかの付属品を陸あげした。外の世界と交信のできる船の無線装置は、マサチューセッツのキングスポート岬にある、『アーカム・アドヴァタイザー』の強力な無線局に報告をするものだった。わたしたちは南極の一《ひと》夏のうちに調査を完了できることを願ったが、これが不可能な場合は、アーカム号で冬をすごし、次の夏の補給をうけるために、ミスカトニック号は海が凍結するまえに北へ向かわせるつもりだった。
初期におこなったこと、つまりエレバス山への登頂、ロス島の各所での鉱石採取の成功、硬い岩盤が何層もあったにもかかわらず、ピーバディの装置がこれを驚くほどの速度と、小規模な解氷実験を試みたこと、橇と食糧を運びながらの危険に満ちた大氷壁の登攀《とうはん》、氷壁の上のキャンプでの五機の巨大な飛行機の最終組立といったことについては、既に新聞で報道されているので、ここで繰返す必要はない。わたしたち一行――二十人の男と二十五頭のアラスカ犬――は、もちろんこれまでに由々《ゆゆ》しい極低温や吹雪に出会ったことがなかったにせよ、健康状態が驚くほど良好だった。たいてい気温は零度から華氏二〇ないし二五度くらいで、ニューイングランドの冬を体験していたこともあって、この程度の厳しさには体が慣れていたのだ。氷壁のキャンプは半永久的なもので、ガソリン、食糧、ダイナマイトといった補給物資の貯蔵所にすることにした。
実際の調査用資材を運ぶには飛行機が
大腸癌口服標靶藥四機だけでことたりたので、一機はパイロットと船から来たふたりの船員とともに貯蔵所にのこして、万一にも調査用の飛行機がすべて失われた場合、アーカム号からわたしたちに救援の手をさしのべ